川辺の花

ame
 そうですね、貴方には知る権利がある。これを問うのは当然の流れです。そして、私にはお答えする義務がありますね。指定されたのが今日というのも何かの縁でしょう。わかりました。お話しいたします。
 では紅茶を頼みましょう。いえ、なんてことはありません。少しだけ昔話にお付き合いくださいね。話を終える頃には、私がいかにどうしようもない人間であるか、きっと貴方もおわかりになることでしょう。

 私には幼馴染がいました。家が近所で、覚えがないほど幼い時から一緒に遊んでいました。あの子——ケイは、私とは正反対の性格をしていました。活発、快活、リーダーシップがあり、周りには常に人がいました。だからと言って不遜な態度はとらず、思慮深く、相手を思いやれる子でした。人に好かれるのも納得です。
 私はケイに憧れていました。私はどうにも、自分の殻に閉じこもる節がありましたから、私には到底真似できないことを自然と行う軽やかさに、憧れていたのです。
 いろいろな話をしました。どれも他愛ない話です。箸が転がっても面白いような年頃でしたから、ほんとうに些細なことで笑っていました。恥ずかしいほど大きな口を開けて笑っていました。ケイとの思い出は、常に笑顔と共にあります。
 多くの人に好かれ、いつだって物事の中心にいるケイがなぜ私とずっと一緒にいてくれたのか、その本心を聞いたことはありません。幼い頃からの流れでだったのか、何か他に理由があったのか、どういうわけだったのでしょうね。
 とにかく、私にとってケイは誇るべき幼馴染だったのです。
 しかし高校に入学して半年が過ぎた頃、ケイは引っ越すことになりました。親の転勤です。こればかりは仕方がありません。
 引っ越しの当日、ケイを見送りに行きました。紅葉にはまだ早く、蒸し暑さの残る日でした。私はケイの顔を見た瞬間に泣いてしまって、別れの言葉もろくに伝えられませんでした。泣きじゃくる私の肩を、ケイは優しく抱いてくれました。私が泣き止むまで、ただただ静かに、そっと。
 いよいよ出発という段になって、私は重たい目を必死に開き、できる限りの笑顔を浮かべ、ケイに手を差し出しました。ケイとの思い出は、笑顔と共にありたかった。そんな私の思いを汲んでくれたのでしょう、ケイも笑ってくれました。寂しさを含み、熱を潜めた、見たことのない笑顔でした。そしてケイが私の手を握りしめたとき、心臓が高鳴ったのです。手のひらの、じっとりとした汗が混じり合う感触。名残惜しそうに表面をなぞる指先の熱。絡まってほどけない視線。抗えない思いに、全身が支配される感覚——一分にも満たない時間のできごとを、十数年経ってもなお、鮮明に思い出せてしまう。思い出すたび、私の身体は悦びで震えるのです。今、貴方を目の前にしていてさえそうなのですよ。本当に困ったものです。忘れるどころか、焼きついて離れないのです。放せないのです。放したく、ないのです。

 ですから、このお見合いを断る理由は貴方がどうこうというわけではありません。どうか、気に病むことのありませんよう。申し訳ありませんが、お伝えできることは、これで全てです。

 ちょうど紅茶一杯分の話でしたね。お付き合いくださり、ありがとうございました。つまらない話を聞かされて、さぞお疲れのことでしょう。貴方の飲み物はまだ残っているようですから、この後もごゆっくりなさってください。私は予定がありますので、これで。
 ええ、どうしても外せない用事です。彼女は今でも、私の唯一の人ですから。今日という日には、花束を届けに行かなくてはならないのです。

*横スクロールで読めます

飴(あめ)
飴(あめ)
文章を書くのが好きな一般人
Profile
二次創作小説を書いて同人本を作っていた人。
現在は一次創作のみ。
書くことが好きなので、とにかく何か書いていたい。
経年変化を感じられる人生を送りたい。
プロフィールを読む
記事URLをコピーしました