ソラ部デンショク課
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わずかに日が傾き始めた頃。日勤と夜勤の交代時間。引き継ぎを終えた日勤のメンバーは、みんな帰路についた。
しばらくして、事務所のドアが勢いよく開かれた。次いで、機械の動作チェックをしていた夜勤担当の一人が慌てた様子で事務所に飛び込んできた。
「アンタレスが消えてる!」
「「えぇっ!?」」
事務所にいた全員が同時に声を上げた。
さそり座の一等星、アンタレスが消えている。
さそり座は夏の星座の筆頭。アンタレスはさそりの心臓辺りに位置し、その明るさと色から、かなり見つけやすい星だ。
知らずとも見つけられるほどに目立つ星なのだ。
星が昇るまで、あと一時間もない。
「予備の電球見てくる!」
念入りに確認をしていても、不測の事態は起きるもの。そんなときにも対応できるよう、各星の予備は常に用意している。
本来は。
「あーっ! 一等星の赤が無いぃぃぃっ!」
事務所の奥にある保管庫から悲痛な叫び声がした。今にも膝から崩れ落ちそうだと想像できる声。いや、すでに崩れ落ちているかもしれない。
「今月のの備品管理担当、誰だよ」
フラフラした足取りで戻ってきた青年が、苦々しく呟く。小さい音だったが、舌打ちも聞こえた。
しばしの沈黙。重苦しい空気。
それを打ち破ったのは、観念した脱力感の混じった、長い長いため息だった。
ため息の主に視線が集まる。
事務所の椅子に座って腕組みをし、一連の会話を聞いていた屈強な男、デンショク課で最も勤務歴の長い課長が、のそのそと動きだし、「しょうがねぇ。こうなったらテンコウ課に連絡だ」と言って内線へ手を伸ばした。
その様子を、固唾を飲んで見守る所員たち。
「おう、おう。わかってる。……すまねえな、恩に着る」
カチャ、と静かに受話器が置かれた。
「天気を【晴れ全面】から【曇り全面】に変更してもらった。これで今夜、星は見えない」
その言葉を聞いて、一同は安堵の息をもらした。知らぬうちに、どうやら息を止めていたらしい。
「テンコウ課に借り作っちまったな」
課長はそう言いながらも嫌そうという風ではなく、むしろ面白げに口角を上げていた。
傍には、電球業者に対して電話越しにペコペコと頭を下げる社員。明日の午前中に納品してもらえるよう、頼み込んでいる。
その様子をジッと見つめる、また別の社員。
「明日、息子が野外授業で天体観測する日なんだよな。……間に合うかな」
ポツリと呟かれた言葉だったが、所内にいる人間はみな、聞き取れたようだ。
彼、彼女らは、言葉の主に哀れみの眼差しを向けた。
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